講演内容
LAMP法を用いたマラリアの迅速診断

 マラリアは熱帯・亜熱帯地域に広く分布する感染症で、その病原体はマラリア原虫という寄生虫の一種で、ハマダラカによって媒介される。現在年間約5億人が罹患し、熱帯熱マラリアによる死亡者は年間約150万人以上にも及ぶと推定され、WHOの重点感染症の一つに指定されている。ヒトに感染するマラリア原虫には4種類が知られており、特に致命的である熱帯熱マラリア原虫は、他のヒトマラリア原虫(三日熱マラリア原虫、四日熱マラリア原虫、卵形マラリア原虫)とは迅速に鑑別しなければならない。また、多くのマラリア流行地域では2種若しくは、それ以上の原虫種による混合感染が存在しているが、しばしば見落とされているのが現状である。混合感染検出の失敗は、不適切な治療の原因となり、そして重症化を招く可能性が高い。また近年、マラリア流行地域においては、薬剤耐性熱帯熱マラリア原虫の出現が適切なマラリア治療のための大きな問題となっている。したがって、流行地で実施可能な簡便で、迅速、高感度且つ種特異的であるマラリア診断方法の開発が、緊急の課題である。

 現在マラリアの標準的な診断方法は、血液塗抹標本の顕微鏡観察法である。この顕微鏡法は、原虫密度が高ければ、原虫の発育状況、種別判定を特異性高く検出できるが、流行地では一般的に原虫密度が低いため、この方法は試験者に負担がかかり、高度な技術が要求され、結果として治療の遅れを招く可能性がある。設備の整っていないマラリア流行地域におけるマラリア診断のスピードと正確さを改善するために、免疫反応を応用したマラリア迅速診断試験(RDTs)が開発されている。しかしながら、感度は製品間で異なり、そして種特異的な製品としては熱帯熱マラリアについてのみ入手可能な状況にある。また、原虫寄生率が低いか、混合感染、薬剤治療後、および感染の慢性期のような条件下においては、RDTは機能せず、また顕微鏡法による正しい診断のためには、非常に長い観察時間と高い熟練技術が要求される。故にこのような状況では、疑陰性や原虫種の診断に支障をきたしている。そこで、nested PCR法やリアルタイム定量PCR法のようなDNA増幅に基づいた分子生物学的マラリア診断法が開発された。顕微鏡法に比較して、これらの方法はより高い感度を示しており、そして混合感染に対しても特異性良く診断できる。しかしながら、これらPCR法は、反応時間が長く、コストも高い。また、設備の整った研究所においてのみ実施できるので、これらの技術は一般病院やマラリア流行地域の現場診療所におけるルーチンの診断には適していない。

 そこで我々は、LAMP法に注目し、そのマラリア迅速診断法への応用を試みた。まず4種類のヒトマラリア原虫全てを特異的に検出できる種特異的検出系のみならず、それらの原虫を共通して検出できるヒトマラリア原虫共通検出系の確立を試みた。

 LAMPプライマーの設計は、4種類のマラリア原虫の18SrRNA遺伝子塩基配列をマラリアゲノムデータベースから入手し、ヒトの同遺伝子の塩基配列と比較検討することにより、ヒトの遺伝子塩基配列とは共通部分を有せず、かつ種特異的な配列、さらに4種の原虫に共通な配列に着目し、Primer Explorer ver.3.0(富士通システムソリューションズ)を用いて行った(図1)。しかし、マラリア原虫の遺伝子塩基配列は、一般に非常にATリッチなため(熱帯熱マラリア原虫で平均76%)、Primer Explorer ver.3.0で適切なプライマーの設計には困難を極めた。したがって、候補プライマーがリストアップされないことが多く、その結果を基にプライマーの設計をマニュアルで試行錯誤した。

 最終的に設計できたプライマーのターゲット領域を、PCRにて各種原虫のゲノムDNAからプラスミドにクローン化し、それらを段階希釈した後鋳型とし、Loopamp リアルタイム濁度測定装置(RT-160C)を用いてそれぞれのプライマーセットの感度を検討した。その結果、共通プライマー、熱帯熱マラリア原虫及び三日熱マラリア原虫特異的プライマーでは100コピー、四日熱マラリア及び卵形マラリア原虫特異的プライマーでは10コピーまで1時間以内に検出可能であった。

 次に、タイの北西部の国境近くのメソト市にあるマラリア診療所受診患者から、顕微鏡診断を行われた濾紙吸着血液サンプル121名分(原虫陽性68名、陰性53名)を入手し、定法によりゲノムDNAを抽出の後、LAMP法及びnested PCR法を用いて検討した。その結果、陽性68検体のうちLAMP法では67サンプルからマラリア原虫遺伝子を検出し(感度98.5%)、nested PCR法の結果と完全に一致していた。一方、顕微鏡診断陰性53検体ではLAMP法で3サンプルから原虫遺伝子を検出した(特異性94.3%)。これらのサンプルに対するnested PCR法の結果は、全て陰性であった。しかし、その後の詳細な検討により、LAMP法による検出結果が診断としては正しいことが証明され、LAMP法はnested PCR法よりも実用上感度が高いことが証明された。また検出に要した時間は、共通プライマーは平均26分、熱帯熱マラリアプライマーは平均32分、三日熱マラリアは31分、四日熱マラリアは35分、卵形マラリアは36分であった。これらは、nested PCR法と比較して、格段に短時間で診断できることを示している。以上の結果から、我々が確立したLAMP法はこれまでの顕微鏡診断法、nested PCR法以上の感度と特異性を有し、迅速に診断できる新規診断法となりうる可能性を示すことができた。

 現在、タイのマラリア診療所の現場で、簡便・迅速なゲノムDNA抽出法の検討、及び、リアルタイム濁度測定装置を用いることなく目視で短時間に診断できるよう、検討を試みている。これらが実用化されれば、世界中の流行地で患者の早期発見、適切な薬剤治療のみならず、流行地におけるサーベイランスにも広く応用可能となることが期待される。

【文献】
 Detection of Four Plasmodium Species by Genus- and Species-Specific Loop-Mediated Isothermal Amplification for Clinical Diagnosis
 Eun-Taek Han, Risa Watanabe, Jetsumon Sattabongkot, Benjawan Khuntirat, Jeeraphat Sirichaisinthop, Hideyuki Iriko, Ling Jin, Satoru Takeo, Takafumi Tsuboi
 Journal of Clinical Microbiology 45(8): 2521-2528, 2007.

図1 マラリア原虫18S rRNA 遺伝子上のプライマー領域

図1 マラリア原虫18S rRNA 遺伝子上のプライマー領域

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