講演内容
LAMP法を利用したカンキツグリーニング病の迅速診断


  近年、沖縄県および鹿児島県奄美諸島の一部のカンキツ生産地において、カンキツグリーニング病による被害が広がっています。本病は Candidatus Liberibacter asiaticus (syn. Candidatus Liberobacter asiaticum) という病原体の感染により発症します。感染した木は葉の黄化、落葉、果実の着色不良等の病徴が現れ、最終的には枯死に至るため、農業生産上大きな問題となっています。本病はミカンキジラミ(学名 Diaphorina citri )という体長 3mm 程度の昆虫により罹病樹から健全樹へと媒介されることから、蔓延防止には罹病樹の早期発見・除去が不可欠です。しかし、カンキツグリーニング病の病徴は要素欠乏症と類似しており、外見から見分けることは困難であること、病原体は人工培地では培養できないこと、生物検定では時間がかかること等から、現在は、病原体に特異的な遺伝子を PCR(polymerase chain reaction) により検出することで感染診断を行っています。 PCR は反応のための装置(サーマルサイクラー)、反応産物を確認するための電気泳動装置および撮影装置が必要であり、 装置の価格が下がっているとはいえ、農業関連機関でこれらの装置が導入されている施設は限られています。

 九州沖縄農研センター病害遺伝子制御研究室では、先端技術を活用した農林水産研究高度化事業「難防除病害カンキツグリーニング病の拡大阻止技術の開発」の一課題として、 LAMP(Loop-mediated isothermal amplification) 法を利用したカンキツグリーニング病の診断技術の開発に取り組みました。 LAMP 法は一定温度で反応が進行するため、 PCR で必要となるサーマルサイクラーを必要としない等、設備負担が比較的少ないこと、反応時間が PCR と比較して 1/3 程度であることから、多くの試料を短時間で処理する必要のある本病防除事業に適していると考えられます。 LAMP 法では特異的増幅反応のために 4 つのプライマーを設計する必要があるため、 塩基配列が判明している L. asiaticus の rpl KJAL-rpoB 遺伝子領域 (DDBJ/EMBL/GenBank 登録番号 AY342001) を標的としてプライマーを設計しました。プライマーの組み合わせを複数通り用意し、 LAMP 増幅に特異的ラダー状の DNA 増幅が最も安定して確認できるプライマーの組み合わせを選抜しました。この増幅は罹病樹から抽出した DNA に特異的であり、 LAMP 法はカンキツグリーニング病感染の診断に有効であることが示されました。また、検出限界を推定するため、段階希釈したサンプルについて LAMP 反応を行ったところ、約 1 ng/ μ l の DNA から増幅が認められました。これは PCR と同等以上であり、野外感染株の本病病原菌密度から判断して、必要十分な実用感度であると考えられます。

 さらに、通常、 LAMP 反応は 4 本のプライマーにより標的部位が増幅されますが、これに Loop プライマーを加えることで通常の反応と比較して明らかに増幅の立ち上がりが早く、約 20 分で増幅のピークとなるとともに、検出限界域での増幅が安定化しました。陰性コントロールや蒸留水では全く増幅が見られなかったことから、非特異反応も起こらないと考えらました。以後の試験では、全て Loop プライマーを加えた反応を行っています。様々な分野で LAMP の利用が検討されているようですが、 LAMP 法による増幅は Loop プライマーを加えた反応を基本とすべきであると考えています。

  現在、 LAMP 法によるカンキツグリーニング病診断の実用性を確認するため、発生地域で採取した野外サンプルからの検出を行っています。 PCR や LAMP のように、 DNA または RNA の配列を認識して増幅する診断技術では、対象生物の遺伝的多様性(塩基配列の変異)により増幅できない場合があることが問題となります。別の研究により、日本で発生している L. asiaticus の遺伝的変異は極めて少ないことが明らかとなっており、現在のところ、今回開発したプライマーが日本で発生する全てのカンキツグリーニング病を検出できることが理論的に推測されています。 LAMP 法を利用したカンキツグリーニング病の診断技術は九州各県の農業試験場と植物防疫所に普及しており、カンキツグリーニング病の早期診断と蔓延防止に役立てる予定です。
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