講演内容
LAMP法を用いた口腔細菌の迅速検出


   歯科の2大疾患であるう蝕と歯周炎は、口腔細菌による感染症と考えられている。これらの感染症において原因となる細菌を同定、検出することは、治療方針の決定、病態の把握等において非常に重要である。しかし、細菌感染症であるこれらの疾患に対して、感染症に対する基本的な検査である細菌検査は歯科臨床の現場であまり行われてこなかった。歯科医療において細菌検査が積極的に導入されなかった経緯の1つとして、細菌培養検査は時間がかかることなどが挙げられる。

   これまで、歯垢や唾液などの口腔内試料からの細菌検出法として、1.顕微鏡を用いた方法、2.培養法、3.酵素活性法、4.免疫学的方法、5.分子遺伝学的方法などが用いられてきたが、何れも時間、正確性、特異性、定量性等の全ての要件を満たすものはなかった。 さらに、これらは研究室レベルの技術であり、臨床現場での実用には程遠いものであった。

   われわれの研究グループでは、様々な検出法のうち分子生物学的手法を用いた口腔細菌の検出法を開発してきた。 中でも、リアルタイムPCR法を用いて、ヒトう蝕原生細菌であるStreptococcus mutans、Streptococcus sobrinusの唾液、歯垢等の臨床サンプルを用いた定量検出系、および歯周病細菌として注目されているPorphyromonas gingivalis、Actinobacillus actinomycetemcomitans、Tannerella forsythia、Treponema denticola、Fusobacterium nucleatum、および黒色色素産生Prevotella属等について唾液、歯肉溝浸出液、舌苔などの臨床検体からの定量検出系を開発してきた。リアルタイムPCR法による細菌検出は感度、定量性という面で非常に優れたものであるが、検出装置および試薬が非常に高価であり、一般歯科医院で日常臨床に使用するには現実的ではない。

   そこでわれわれはLoop-mediated Isothermal Amplification (LAMP)法に注目し、その口腔細菌の迅速検出系への応用に着手した。 まず、歯周病の重篤度と関連がある細菌として注目されているP. gingivalis、T. forsythia、およびT. denticolaのLAMP法による迅速検出系について開発を試みた。

   われわれのLAMPプライマーの設計手順は以下の通りである。まずデータベースから対象とする細菌に特異性の高いと思われる遺伝子の検索を行う。 次に、その遺伝子の塩基配列を用いてBLASTにより特異性を解析する。特異性が確認された塩基配列とPrimer Explorer Ver. 3.0(富士通システムソリューションズ)を用いてプライマーの設計を行う。設計したプライマーについては実際に口腔細菌の染色体DNAを用いて再度特異性の確認を行う。この作業はプライマーを設計した細菌の近縁種を中心になるべく多くの口腔細菌を網羅するように行う。ここで特異性が確認できない場合は、遺伝子検索からのやり直しとなる。口腔細菌は500から700種生息しているといわれているため、特異性の確認は非常に重要な過程である。

   次に、以上の手順で作製したP. gingivalis、T. forsythia、およびT. denticolaのLAMPプライマーおよび各々の染色体DNAを用いてこれらの細菌の迅速検出系の評価を行った。 P. gingivalisにおいてはLoopプライマーなしで、60分で109 fgの染色体DNAを検出したが、Loopプライマーありで、30分で109 fg、40分で10 fgの染色体DNAを検出した。また、これらの細菌の迅速検出系を用いて歯肉溝浸出液からの迅速検出を行ったところ、PCRを用いた結果とほぼ同様な結果が得られた。

   う蝕細菌である、S. mutans、S. sobrinusについてもLAMP法を応用することにした。まず、歯周病細菌の場合と同様の方法でプライマーの設計を行ったところ、各々の細菌に特異性のあるプライマーを設計することはできなかった。 特に、他の口腔レンサ球菌も検出したため、Subtractive hybridization法を用いて染色体DNA上の特異領域を得た。その特異領域を用いて同様の方法でプライマーを設計したところ、各細菌に特異的なプライマーを設計することができた。その特異プライマーを用いて、唾液、軟化象牙質、歯垢から迅速検出を行うことが可能であった。さらに、Loopampリアルタイム濁度測定装置LA-200(富士通システムソリューションズ)を用いることにより、う蝕細菌の迅速定量が可能になった。

   う蝕が進行すると、歯髄炎さらには根尖性歯周炎となるが、その際歯科では根管治療を行う。根管治療の目的は根管内を無菌化の状態にすることであるが、われわれはその無菌化の確認に世界で初めてLAMP法を応用した。 根管治療の成否を左右するのは根管内の無菌化と考えられている。歯髄炎および根尖性歯周炎においては疾患を惹起する特異細菌の存在が確認されていないことから、また、菌の多寡が疾患の発病に関与しないため、可及的に多くの種類の口腔細菌を、定性的に検出するユニバーサルプライマーを設計した。特異プライマーと異なりユニバーサルプライマーはなるべく広範囲な菌種を検出する必要があるため、多種の口腔細菌における16S rRNA遺伝子の保存領域より設計した。このようにして設計された、ユニバーサルLAMPプライマーを用いて根管内試料からの迅速検出が可能であった。

   このように非常に魅力的な方法であるLAMP法であるが、欠点もある。中でも臨床サンプルの迅速な処理法の開発は今後解明すべき、重要な問題であると思われる。反応が早くても、検体の処理に時間がかかっては迅速検出としての意味がないからである。 これは迅速検出一般に言える問題である。また、臨床サンプルからの口腔細菌の検出を行う上での問題点として、データベースにない細菌を検出するおそれがあること。未だ分離同定されていない細菌を検出する可能性があること。などが挙げられる。これは口腔細菌叢がきわめて多種の細菌から構成されることによる。

   これまで、歯垢や唾液などの口腔内試料からの細菌検出法として様々な方法が考えられてきたが、完全に全ての要件を満たすものは開発されておらず、長所短所を考慮して、目的に応じた検出法を選択する必要がある。LAMP法を用いる場合も、特定の細菌をターゲットにするのかユニバーサル検出をするのか、定性検出か定量検出か、など目的に応じて検出方法を選択する必要がある。 

   今後の歯科臨床現場での実用化に向けて、LAMP法の更なる研究展開に期待する。

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